カテゴリー「妊娠全般」の記事

2009年8月19日 (水)

性別はどっち?

お腹のあかやんの性別をよく聞かれます

答えはズバリ!

「うちのあかやんは中性です」

といってもオカマではなく(笑)

うちの産院は(というか先生は)性別を教えることをしないので
「産まれるまでのお楽しみなんです」というのが正解です

そう話すと
「準備が大変だね」
と言われるのがお決まりの会話なのですが
大変と思ったことはないです

例えば名前
ふたつ考えておけばよい
性別があらかじめ分かっていても
産まれて顔を見て決める人たちは多いのでは

例えば服
お譲りで両方揃ってしまうので問題ない
性別があらかじめ女の子と分かっていてピンクを用意しても、顔つきによって似合う似合わないがあるというのはよく聞く話

世間では
「性別を知りたくないから教えないで」とお願いしておきながら、うっかり先生が漏らしてしまった、もしくは女と言われていたのに産まれてみたら男だったなんて話も聞くけど、その心配がないだけありがたいと思っています

加えて
明日香医院では先生自身も検査中は外性器の部分を見ないようにしているので、あらかじめ性別を知らないそうです。なので今まで検診で性別の話題が出たことはありません 。こんなところにお世話になろうと思ったからか、私たち夫婦もどっちなのかあんまり興味がありません

性別を教えない理由がいくつか先生の著書にあるのだけど、一言でいえば、あかちゃんの性別は神様の領域だから、とのこと産科医ごときの分際で、こざかしくもお腹の中の赤ちゃんの性別をみてそれを知らせることは、お産の神様への冒涜に思えて、そんなことをしたら神様にお産を守ってもらえなくなると先生は本気で思っているそうです

また産まれてからも よくある
「元気な男の子ですよ〜!」のように先生や助産師さんから性別をお知らせすることはない、そう。これは経験者に確認してみたけどほんとだった。そういったことがらは家族の領域にお任せしておいた方がいいと感じるのだそう

実際直後は産まれた事実の大きさの前に、性別を確かめることをしばし忘れている人も多いようです

その渦の中にある感覚はすでに分かる気がするなあ

とはいえ
ホットな「どっち?」の話題ですが
周りから見るところうちのあかやんの場合
前半から男の子予想が9割で断然多く
後半になった今
女の子予想が票をあげてきています
思うによくある
「表情が優しくなってきたから=女の子」という説
「お腹が横に張っている=女の子」説
男子の場合は
「korinkyは男っぽいキャラ=男の子」説
「お腹が前に突き出ている=男の子」説
など

私自身のインスピレーションはどうかと聞かれると
妊娠が分かった時には
「あ、男だろうな」という感じ
だけど
「男勝りの女って場合がありそうだな」という感じ
つまりはよく分かりません
願いとしては
自分が女だからということもあり
娘はいつか欲しい
だけど
男の子は一度育ててみたい
つまりはどちらでもいいのです

気になるのは
どんな表情を見せる子で
どんな個性の持ち主なのか
ということ

受精の瞬間に決まっている性別について
外界の大人があれこれ話している様子を
うちのあかやんはどんな風に聞いているかな
おーい、今日も元気にうごめいているあかやんよーい
「私(ボク)はもともと私(ボク)でしかなかったのよー!」と
元気な顔で出てこい

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2009年5月28日 (木)

お産の家

産む場所について少し。

私がお産でお世話になるのは「明日香医院」という産院です。
そこは女医さんがひとりと、助産師さんが数名、あとは家政スタッフさんが数名の小さな個人産院で、自然分娩と母乳育児に徹底的に取り組みサポートしてくれる方針のお産の家です。

そことの出会いはもともとは先生の著書「分娩台よ、さようなら―あたりまえに産んで、あたりまえに育てたい」だったと思うのですが、あまりに昔で、いつなのか、どのようになのかは思い出せません。まだ独身の頃に手に取り読む機会があったのですが、それはそれは衝撃的な出会いでした。

書名からして、妊娠した人が読むものだろう、と遠ざけてAmazonの買い物カゴに入れっぱなしにしてきたのですが、何やらとにかく気になって仕方がない。それである日思い立ってえい!と注文しました。もう約10年も前の話です。見つけてから購入するまでも何ヶ月か、何年か経っていたと思います。

それだけ思い切ってクリックしてやってきたその本は、ずっしりと重く、小さい字でびっしりと、1ページ2段式の読み応えのあるもので、合間に入っている写真は今まで見たいことないような、リアルなお産の現場をありのまま載せている、初見で充分な衝撃のある本でした。だけど不思議とあたたかい、というか、読み進めていくほどにストンと落ちる感覚がありました。それまで自分が思っていた”どうしてもそうじゃないとダメですか?”の疑問を、分かりやすく論理的に、そして潔く、”あたりまえ”について導いてくれる感覚がありました。それはお産という出来事を誠実に伝えるだけでなく、お産という切り口から、女性としてあたりまえの生き方、自分らしいあり方、命の大切さを思い知らせてくれる、力強く私の背中を押してくれる名著でした。とにかく、とても泣けました。

それ以来、いつか自分にも産むという縁があればこんな方に、こんなところにお世話になりたいと思うようになり、それから十年の月日が流れました。その間に私は変わらず仕事に遊びにと、忙しくも充実した日々を送っていました。そして今のオットと再会し、その約3年後に結婚、その更に3年後の今年、ありがたくも子を授かったのです。ちょうど1年半以上をかけて取り組んでいたコーポラティブハウスが完成し、入居して間もなくのことでした。あまりにタイミングのよい出来事だったので、本当にびっくりした(今でもしみじみそうだし)と同時に、頭の片隅に置いていた、”どうしてもそうやって産まないとダメですか?”の疑問を紐解く時が来た、と感じました。

続く


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