カテゴリー「妊娠初期」の記事

2009年7月 2日 (木)

Yクリニック受診

2月10日(火)4週6日

夜18時までの予約時間までの間、トイレにいくと茶色い出血?があり、一気に不安に…。その後もう一度、今度は茶色の中にちっちゃい血の塊のようなものも…。
は、早く診てくれ。
生きた心地がしないまま、やっと近所のクリニックの予約が取れたので出向く。
脅されていたわりに混んでない。
明日香医院は早くて16日(月)予約とのこと。
1週間先までいっぱいか…祝日を挟むとはいえ、さすがに混んでる。

Yクリニックでは
♢問診票の記入
♢尿検査(ほんとにちょっとしか出なかったけど大丈夫ですよ、とのこと)
♢先生と問診
2/2あたりから2〜3日間続く腹痛と、今日までの出血について説明する。
これからする検査内容と、どういう状態が望ましいのかを詳しく説明してくれる。
(正常な妊娠とは胎のうというものが子宮の中に確認される事です等)
ここ1、2年で婦人科検診とかは受けているかと聞かれるが、3年以上前に一度だけ、と答えるとちょっと笑われる…汗。
やはり1年に1度は受けましょう!
出血の原因についても調べましょうとのこと。
隣の部屋に行き、下半身すっぽんぽんで内診台に座る。
自動的に半回転して足がぱかーっと開く。
ああ、これが嫌なんだよ、これが。
そして検査が始まる

♢下腹部触診
結構強い力で先生が下腹部を押して痛みがないか確認→なし。
♢内診
器具を入れている時から「あ〜あるね〜」と。
な、何が?!
「ポリープがありますね」
ポ、ポリープですと?!

終わったか…

♢経膣超音波検査
膣に経膣プロープという器具を挿入して子宮の様子を確認。
自分の頭の近くにモニターがあり、先生がカーテン越しに説明してくれる。
ほどなくしてモニターに黒い影が!
まだ何も見えない時期かもしれない、と言われたけど私はそんな気がしなかったので
瞬間よっしゃ見えた、と思った。
「これが胎のうです。正常に妊娠してますよ」とのことでホッ。
「子宮の右側に着床しているね。ま、どっちでもいいんだけどね」
「これが卵巣ね。今回のは左側の卵巣から排卵されてるね」
と、確かに空っぽの卵巣が見える。
ちゃんと卵巣があって、子宮があるのだということでもホッとした。
「korinkyさんは子宮がかなり右に偏ってるねー」とのこと。
器具がかなりぐにぐに動くのはそのせいか…(気分のいいものではない)。

♢再び器具と内診(多分)
先生の指が入り内部を確認している。
その後、子宮の入り口に抗生物質を入れて処置終了。
なぜ抗生物質を入れるかもちゃんと説明してくれたけど覚えていない。
「溶けると白い粉っぽい、水っぽいものが出ます」とだけ記憶。
一度に入ってくる情報が多すぎるのだ。

♢それからまた先生とお話
28日周期で換算すると、4週6日で妊娠2ヶ月、予定日は10月14日。だけど、大きさからすると2、3日早くなる印象、とのこと。
一番心配な出血の原因は「子宮頸管ポリープ」で、子宮が充血しているせいで出血している。脱落膜ポリープか、単体でもともとあったポリープかは不明。脱落ーなら子宮が成長するにつれて元に戻るもの、単体の場合は胎盤ができる頃まではそのままにして、もし邪魔そうなら摘出。念のため細胞診。「まあ、大丈夫でしょう」とのこと。
次に「子宮が右に傾いている」ことについて。原因は持ち前の姿勢の悪さ(-_-;)だそうで、このままお腹が大きくなってくると足の付け根や子宮を支える筋肉が痛んで
10月10日頑張れないってことになる、と。先生の言う通りに座ってみるとやっぱり膝の長さが違う。「姿勢よく、えらそうに、社長秘書みたいに、デパートの受付の人みたいに座ってください」と言われるもそれがなかなか辛い。

自覚はしていて、引っ越して早速整体にも行ったのだけど、ゆがみが整う前に妊娠となってしまった。
子宮頸管ポリープといい、姿勢の悪さによる子宮の傾きといい
「ちょっとちょっと、何やってんの?」とお腹のひとに言われているようで
いやほんとに反省。

だけど、無事子宮内に妊娠が確認できてよかった、とホッとした夜だった。

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2009年6月 1日 (月)

初診予約と動揺

妊娠検査薬で陽性反応があった日の翌日、最寄りの病院に電話をしました。あいにく夜まで予約で一杯ということでしたが、これでとりあえず今日中に検査はしてもらえる、とホッとした時、”さて、とうとうこの日が来たかな”と思いました。
正常に妊娠していたら、当然産まなくてはいけない。
産まなくてはいけないのだったら、明日香医院がいい。

「分娩台よ、さようなら」を本棚から引っぱりだして眺めながら、しばらく考えました。
もしかしたら既にいっぱいで受けてもらえないかもしれない
もしかしたらこんなふうに頑張れないかもしれない
もしかしたら…
でも考えれば考えるほど、他には考えられなくなるようでした。
こんな日が来たことにワクワクしている自分もいました。

いろいろ思い煩う前に
とにかく一度大野先生にお会いしてみたい

その想いはずっと変わらなかったし、ぼやぼやしていると手遅れになってしまうかもしれないと思い、明日香医院に電話をかけました。とても緊張しました。
電話口に出た方はちゃきちゃきとしていて、一見(一耳)冷たいような印象を受けました。検査薬で陽性反応があったので診てもらいたい、と伝えると、最終月経はいつだったか、周期は、初産か経産か、などいろいろ質問がありました。診察はあいにく来週まで予約で一杯で…とのこと。1週間後に初診の予約を取りつけたのですが、週数によっては分娩を受けられない場合もあるということを、この時点で伝えられました。
やっぱりなんだかとても忙しそうな様子だなあ、と思い電話を切りましたが、”ご妊娠おめでとうございます。お大事に!”と言われ、現実味もないまま、そうか、喜んでいいんだな、と思ったのを覚えています。

明日香医院の予約が1週間後まで取れなかったため、やはり最寄りの病院に診察予約を入れておいてよかったと思いました。妊娠の可能性があると、職務上仕事を休むことになるのですが、そのためには医師に診てみてもらう必要があるからです。休みは3日しかなかったので、1週間後まで待つことはできなかったのです。

さて、病院も取れたし、ちょっと休むか…と思っていた頃(最寄りのクリニック受診数時間前)、突然出血がありました。
え?!何これ…。トイレでひとり焦り、動揺しました。
その前日までハードな仕事をしていて、少々腹痛もあったし、気にはなっていたけど、まさかこんなタイミングで出血…
明らかに何かがおかしい。
気を晴らすためにもネットで調べてみると、初期の出血というのは珍しくはないけれど、正常でもないことのよう。ああ、もしかしたら今回の妊娠はやっぱりダメなのかもしれない、と思いました。検診の際、どんな出血だったのか詳しく伝えた方がいいようだったので、忘れないように写真に撮ったりもしました(結局それを見せることはなかったけれど)。

そして最寄りのクリニックの受診時間が来たので、病院に向かうことにしました。
ダメかもしれない、という気持ちと、大丈夫な気がする、という自信と半々の、落ち着かない気持ちでした。

続く

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2009年4月20日 (月)

分かってから今日まで

これがきっとつわりというものを経験した
妊娠が分かってちょっと経った頃から12wくらいまで

仕事を休んでからしばらくは
勝手が分からなくて日中何をしていいやら分からず
ちょこちょこ動いてはみたが
2週間で飽きる

家にじっとしているより
多少万全じゃなくても
外に出ていた方がずっといい気分になれるようだった
人と会ったりすると随分楽になったし 
喫茶店とかカフェとかにいるとちょうどよく落ち着いた
性に合っているんだと思う

それからはまずとにかく眠い
一日の2/3を寝て過ごした
この辺りに前から目をつけていた
無印の体にフィットするクッションなるものを購入
それにずっと埋もれて過ごすこと約1ヶ月

それから食べ物
私は世間で言う”食べづわり”らしかった
前半はお約束のジャンク、ソースもの、それからレモネード!

3月頭にオット里に帰る時、
朝ご飯を食べたにもかかわらず、昼前電車に乗る直前になって
お腹が空いているのが不安になり(気持ち悪くなるから)
ふと目をやった駅前のフレッシュネスのチーズバーガーと
レモネードがドンピシャで 夢中でそれらを頬張り
食べ終わって電車に乗ろうと思ったけど
これから甲府までレモン味の何かがないのがこれまた不安で
結局またレモネードを追加でテイクアウトした
決して安くないので中くらいサイズにしておいたのだけど
特急あずさの中であと3口くらいになったレモネードを
残り1時間でどう繋ぐか頭と心を悩ませて
ケチって大サイズを買わなかった自分を恨んだっけ
その後オット妹が出産した病院を見舞ったのだけど
そこでオット父が買ってくれたミツヤサイダーのレモン味が
これまたど真ん中で
炭酸なんて一口も飲めなかったのに
あたしの体 一体どうなってんだーーーー と思った

後半は大好きな米や野菜を全く欲しなかった
野菜を茹でるあの幸せだったにおいがダメで
ブロッコリーなんかにいたっては顔を見るのも嫌だった
食べたいのはパン、チーズ、グレープフルーツジュース
とにかく焼いたチーズの何かは間違いがなくて助かった
毎朝ツナ入りピザトースとを焼いてそれはそれは幸せだった
不思議と甘い物はいらなくて塩気がほしかった

天気が下り坂だと不思議と体調も優れなかったりした
ずっと軽く船酔いしているような感じだったけど
吐くことは一度もなかった私はずいぶん軽い方らしい
産まれる直前までつわりで吐いていた友達もいたくらいだから
それに比べれば食べられるし動けるし楽勝だった

4月に入って体も心もずいぶんと軽くなり
陽気も手伝ってほんとにいい感じです
しばらくお休みしていた料理教室も復帰して
ずっとやってみたかったヨガも来週から始める予定
仕事してた間は毎年 
いつ咲いていつ散ったんですか?状態だった桜も
今年は堪能できた
それを通して季節の移り変わりを感じられるようになってきた
1週間の仕組みや曜日が分かるようになってきた
(仕事してた時もこの感覚がないと自覚はしていたけど、
結構重症だったと気づいた)
早寝早起き 1日3食という流れがぎこちなくなくなってきた
などなど
地上の生活に最初の2週間で飽きてしまった時は
一体これから何をすればいいんですか?って思ってたけど
人としての普通の感覚を取り戻すには
必要な時間だと実感してます

これから子が産まれて1歳になるまで
保育園が決まらない場合は最大1歳半までだから
約2年3ヶ月という長い休職期間
戻るとしてもそんだけ休ませてもらえるのは
素直にうれしいです
ただ一方で
産まれてきたら好きに動けなくなる
臨月は遠出できないとして
私に残された時間はあと4ヶ月ちょっと…
じ、時間がない!!と焦るのも正直ありまくるわけで
後悔しないように満喫したいと思います

↓14W4dの赤子。全長約10センチ。2頭身だね?
 両手を上げてます。阿波踊りですか?かーさんは踊れませんが。
 実際の映像では口をぱくぱくして羊水を飲んでいた。
 ちゃんと生きている。

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2009年4月15日 (水)

おひさしバズーカ

おひさしブリーフ(古め)!

久々すぎて何から書いていいやら。

まずはバズーカ級の報告からいきますと

子を授かりました。

個人的にこれ以上ないですよね?という絶妙なタイミングでした
親もびっくりのかな〜り空気読んでくる子です
現在妊娠15週(4ヶ月の後半)、お陰様で順調です
ちょうど4月末に5ヶ月、5月末に6ヶ月という感じで
サイコーに気持ちいい季節を経まして
秋のかおり漂う10月半ばに産まれてくる予定です

お陰で妊娠が発覚した2月中頃から仕事は休職してます
職務上、そうなることになっています
この状況を一言で表すなら ”ありがたい” これに尽きます
そろそろ限界 いやもう無理 いや絶対無理
とごまかしごまかしやってきたのですが
でも仕事が嫌という訳ではなく
仕事はやりがいもあり、仲間にも恵まれ楽しくやっていたのですが
総合的にそういう心境であったのは確かで
そういうところにきてこのお休みですから
ありがたい以外に言葉は見つかりませんでした

というわけで、
法で決まっている産前6週間〜産後8週間(&それ以降の育児休暇)
までは無給の身であります
無給の身は気軽にスタバでお茶なんぞしないのであります
無給の身はこれ以上お洋服なんぞ買い足す必要はないのであります
いや 別にそんなことはないと思うが
今のところそういった欲求は全くありません

この機会に 誤解を恐れず
少しデリケートな話を
以下 私の決意と思って差し支えなければ読んで下さい

子というのは作るものではなく授かるものと痛感しました
こればかりは努力をしても叶わないことでした
女子の職場ですので
いろんな状況の方を見てきたし
自分も少なからず幾度かそういう思いをしました
大概のことは努力をしたり 勉強すれば達成できるのに
世の中にひとつだけ それで叶わないことがあるとすれば
命を授かることではないか
そう思いました
それはとても神的な出来事です 
だからこそとてもデリケートなお話です
その時間が長い場合も 案外早く叶った場合も
そしてまだ叶わない場合も
そんな時間の長さは関係ないようでした
欲しいと思った瞬間 途端にできないに変わるんだよ という
ある人の言葉が重くのしかかってきました
これは私がまだ子供はいいと思っていた時期に
子供を願っていた子が発した言葉です
この時は そんな状況の彼女を 神様なんとかしてあげてと
祈る立場だったのに
ある時自分に降り掛かってきたその”途端に変わる”間は
空気を見つめるかのように ふわふわとしていた気がします
現実とは 神様とは 親になるとは 命とは… と
深く考えさせられました
考えると同時に 考えないようにするのは至難の業でした

そして縁あってこういうことになったわけですが

どうしても どう天地がひっくり返っても
自分の私有物とは 
それはそれは到底思えない代物です
私はただ 外で生きていけるようになるまでお預かりしているだけ
私たちはただ お世話をさせて頂くだけ
心底そう思えてなりません

もうすぐ世間で言う安定期に入るわけですが
お腹にいても 外にいても いつ何が起こるか分からないし
それは私がどうすることもできないと考えます

私はとにかく

”死なないように”

縁あって授かった日から毎日 それだけを祈ってきたように思います
これからもそう祈っていくと思います
そして無事 この世に産まれてきたら
そしたらみんなで育てていけばいい!
それはそれは とても楽しみなことです

与えられた役割は とても大きいものですが
これからも ありがたく務めさせて頂きたいと思います
末永くどうぞよろしくお願いします

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