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2006年1月 3日 (火)

長い長い幕開け

2006年が始まった。

去年は細木的には大殺界だったわりによかった。
「天命は信じて待つ。運命は自分で切り開くもの」の
心構えがよかったとみる。

が、しかし。2005年から2006年になる瞬間は泣いていた。

去年の大晦日、友達が店長さんの居酒屋にいつものメンバーが集合していた。
私と旦那は仕事が終わってから駆けつけて、10時前から合流。
店長のマツは社長の計らいで急遽休みになり、
お昼から飲んでいたとのことで、合流した時点でかなり酔っちゃってた。
マツの奥さんKちゃんもいつも通り明るく、私の隣で笑っていたし、
マサは久しぶりに皆に会えて嬉しそうだったし、
旦那は頑張ってカシスオレンジを注文して、
舐めただけで顔を真っ赤にしていた。
仕事の都合で私たちの結婚式に出席できなくなったHは、
9月の償い飲み→バツの悪い締め(本人キレて失踪)以来だったけど、
何事もないように=いつものように、焼酎のロックを飲んでいた。

「清算しよっか!」とKちゃんが言った。
Kちゃんの意味する清算とは9月飲みのお金の精算と、気持ちの清算。
お金、はHが立て替えていた。
(というより、みんなが払わせていた。もちろん冗談で)。
気持ち、は仲間内で波紋を呼んだその夜のHの行動と
3日後のメールの内容についてだった。
「お前がTシャツ汚したこと謝ったら許してやるよ」とHが私に言った。
その夜、私とYは誤って缶コーヒーをHのTシャツにこぼしちゃった。
友達からもらった大事なTシャツ!とHが言ったので、
うちらは謝った(つもりだった)。が、伝わってなかったらしい。
(その前にあんたがみんなに謝ることあるんじゃね?)と思った、マジで。
「謝ったじゃん」
「謝ってねーよ!」
「謝ったよ!それよりあんたさぁ、みんなに何か言うことないわけ?」

その夜はHが私たちの結婚式に来れなくなった償いにって名目で
Hが企画して店を取ってメンツを募った日だった。
がしかし、その店のいけてないこと!
いつものようにみんなはHに
「こんな店に払えないから責任とれよ〜」って払わせた。
もちろん、その日限りの付き合いじゃないから
いつでも逆転の可能性はある支払い。
その後は、
2次会→缶コーヒー→駅改札で電車賃がない騒動→走って失踪→音信不通。
みんな超心配した。どこ行っちゃったの〜??
だいたい呼んどいてキレて帰るってなに!?的空気満載、
でも仕方なく帰宅。
Kちゃんがやっと電話つながった時は「反省してる」って言ったらしいけど。

その3日後、割り勘を催促する全員メールが来た。かなり詳細に。
口実は「私たちの結婚式に祝いをしてやりたいから」とのことだった。
まだその夜のモヤモヤもあった私はいかった。
そんな祝いいらねー!全額払ってやるから一生その話題出すな!
だいたい男がたかが2,3万の金のことでちまちますんな!
普通ならそうはならないのかも。
でも、私たちの今までの付き合い、
特にHに対するみんなのおおらかさったらなかった。
それのに、自分の時はこうで。
今日で一生会えないんでしたっけ?振り込むんですか?
私だけじゃなく、Kちゃんも、うちの旦那も、マツも同感だった。
でも、「おめーそりゃねーよ」ってことにはならなかった。
どうしてだろう?きっと情けなさすぎたんだと思う。

それなのにまずの詫びの言葉もなくHはぬけぬけとああ言った。
そして私に対してややイライラをぶつけてきた。
プチってなにかキレる音がした。
「  …あんたなぁ!!どの口が言うとんじゃ!!
皆がどんだけ心配したか知っとんか、こらぁ!!!!!」
他のお客さんもいたけど、そんなこと構ってられなかった。
大声であの日のHの行動を罵倒しまくった。あっちも譲らなかった。
しかも超自己中な発言。
その様子がますます私をキレさせた。
あん時のみんなの気持ち、自分の気持ちがいっぺんに溢れて、
どんどんエスカレートした。
あとのことはあまり覚えていない。
「ふたりとも待って!!冷静に話そ!!」って私を押さえるKちゃんと、
じっと私を見つめるみんなと、
「机を叩くな!!」って旦那の声と、
Hの怒り狂った表情と…。
とにかく悔しかった。

どれくらい言い合ったか分からないけど、
気がついたら年越しまであと15分だった。
Hは外に連れられていなくなってた。
Kちゃんとマツと他のお客さんでカウントダウンした。わりと普通に。
その頃、うちの旦那とHは外で殴り合いの喧嘩をしていたらしい。
旦那がキレるなんて、にわかに信じがたかったけど、
「あいつが言ってることがあんまりに支離滅裂で頭に来た」らしい。
で、Hがキレて旦那を殴ったので、顔が変わってしまったらしい。
「殴り返した!!??やられっぱなしなん??!!」
旦那はうなずくだけだったけど、帰りの電車ではやられっぱなしと判明。
また沸々と怒りが込み上げた。

冷静に話し合おう、じゃないと新年迎えられないよ、とカラオケで3時間。
歌も歌わず、その日のお互いのズレについてみんなで話し合った。
「なんでそん時言ってくれなかったんだよ」とHが言った。
いつもの付き合いがもしかしたら
Hを孤独にしてしまったのかもしれないと思った。
「そんなことみんな中学生ぐらいからできてることだよ!
親の領域だっつんだよっ!」
怒りはおさまらなかった。

「俺らはみんな、その時のお互いをあきらめてたんだよ」と旦那が言った。
そうなんだな、きっと。
いつもの付き合いにお金が絡んであきらめと怒りを生んだ。
近道のようで遠回りで、無駄なようで大切で、広いようで狭かった。

そんな年を明けて2006年がスタートした。
元旦の中央線は晴れ晴れした人、泥酔した人、眠そうな人、いろいろだった。
いろんな話をしながら揺られて帰った。
私たちはどんな顔をしていただろう。
帰ったら悔しくて悲しくて怒りで泣いて、やっと泣けて、疲れて眠った。
もう若くないと思っていたけど、若いなあって思った。

きたみち ゆくみち

今年はどんな事が私たちを待っているのだろう。

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