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2006年1月の記事

2006年1月19日 (木)

29歳

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1月18日 29歳の誕生日。 増えた家族から花と花瓶を、旦那さまからは花とケーキを、 大切なお友達からは誕おめメールを頂きました。 29歳かぁ。何しようかな。 三十路に向けて準備せねばな。 まずは地元同窓会の「三十路会」開催しなくちゃ。 お勉強もしたいし、仕事についても考えたい。 ここ何年かの家庭の方向についても話したいし、 旅行もしたい! 久しぶりに「夢ノート」開いてみよっかな。 

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2006年1月17日 (火)

四谷

こないだ初めて四谷に降り立った。 とあるお店に行くためだ。
分かりにくいので、とにかく電話して下さい、とお店の 人に言われていたので、
まず電話。 そして言われた通りに歩く(つもり)。

「市ヶ谷方面に歩いて下さい」 って、その市ヶ谷がどっちやねん、ちゅー話で。
「ドトールとセブンイレブンがあるのでその角を曲がって」 って、
結構そういう角がいっぱいあるんだね、これ。
絶対これだろ、と思ったところで電話をかけたら
まずスタートの大通りを間違っており…。
また戻って、正解の外堀通りを歩きました。

着いたところがこのビルです。 思わず笑ってしまった。
変わったところって好きだわ。
こういうところで商いをしようって人に、悪い人はいないわ。

中はほんの畳1畳ぐらいのスペースでしたが、
私の「うーん、どうしようかなー」ってどうしようもない独り言に
ずっと付き合って一緒に選んでくれたおばさん、ありがとう。
そして今日、その商品を発注。 それは来月沖縄入り。 引出物なのです、はい。

でも、大した値段のものは買えなかったよ。
小さいけど働き者だから、愛してやってくれよ。


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2006年1月10日 (火)

懐妊ラッシュ

これはもう書かずにいられない!

最近毎日のように私の周りは懐妊報告ラッシュなのだ。

まず1人目。会社の先輩。付き合う前に相談にのって
「押しですよ、押し!」なんて言ってたら
いつの間にやら前倒し妊休入り。
そっかー、そうなるようにできてたんだなぁ…ホクホク。
きっといい子が生まれるぞ。

そして2人目。1人目から1週間後。会社の同期。
仕事の帰りにバッタリ駅で遭遇。
「??なんか印象が変わってて分かんなかったよ〜髪の毛のせい??」
とか言って近寄っていったら、
「実はさっき妊娠が分かってさぁ。なんか急で呆然としちゃって」
彼女は関西出身で、旦那様も大阪にいる。
とりあえず今辞めることは決められないから妊休に入ろうかな、とのこと。
なにはともあれおめでとう!
なんか最近ラッシュだねーなんて話して別れた。

その5日後の今日。3人目登場。高校の親友。
結婚式の出欠の最終確認にメールをしたら電話がかかってきた。
旦那さんもお休み取れそうだし、無理でもお母さんについてきてもらうから。
彼女にはすでに2歳になるやんちゃ娘がいる。
「それでね、さっき分かったんだけどさぁ」
ピーンときました!
「もしかして二人目??!!」
「そうなんだよ〜。さっき分かってねー(笑)びっくりしててさー」

人生に偶然はないらしい。
じゃあこれは何のメッセージなんだろう。
「子供生んだら仕事辞めなきゃだし」とか思い込んでる私へのエール?
とか思いながら自宅へ帰って来て、カタカタmixiを見てた。

偶然はやっぱない。
4人目のご懐妊発覚。会社の先輩のお姉ちゃん。
わおーーー。

何か最近は楽しくない、とか面倒くさい、とか
マイナスエネルギーいっぱいの私だけど、
新しいいのちがたくさんメッセージをくれている気がして
懐妊報告を聞くたびにとっても元気になった。

うんうん、大丈夫だねー。

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2006年1月 9日 (月)

髪が切れない夢

昨日見た夢は、
いつもの美容院で髪を切ってもらいに行ったけど
私が疲れて椅子に座った瞬間すぐ寝てしまって、
カックンカックンとなって、なかなか髪が切れないので
美容院の人たち総出で私の頭を支えてくれて
ようやくカットしてもらえる、という夢。
「大変疲れているんですねー」「結婚式の準備も大変だし」とか
頭の後ろでみんなが優しい言葉をかけてくれつつ
その疲れた私はずーっと寝ており。

確かに次の休み美容院に行くんだけれど、
私は疲れてるんだわーっていう思い込みなんだろうか。
それともそう言ってほしい、とか
そう言われたくない、とか?

どっちにしても負けてならんわい、と思った。

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2006年1月 3日 (火)

長い長い幕開け

2006年が始まった。

去年は細木的には大殺界だったわりによかった。
「天命は信じて待つ。運命は自分で切り開くもの」の
心構えがよかったとみる。

が、しかし。2005年から2006年になる瞬間は泣いていた。

去年の大晦日、友達が店長さんの居酒屋にいつものメンバーが集合していた。
私と旦那は仕事が終わってから駆けつけて、10時前から合流。
店長のマツは社長の計らいで急遽休みになり、
お昼から飲んでいたとのことで、合流した時点でかなり酔っちゃってた。
マツの奥さんKちゃんもいつも通り明るく、私の隣で笑っていたし、
マサは久しぶりに皆に会えて嬉しそうだったし、
旦那は頑張ってカシスオレンジを注文して、
舐めただけで顔を真っ赤にしていた。
仕事の都合で私たちの結婚式に出席できなくなったHは、
9月の償い飲み→バツの悪い締め(本人キレて失踪)以来だったけど、
何事もないように=いつものように、焼酎のロックを飲んでいた。

「清算しよっか!」とKちゃんが言った。
Kちゃんの意味する清算とは9月飲みのお金の精算と、気持ちの清算。
お金、はHが立て替えていた。
(というより、みんなが払わせていた。もちろん冗談で)。
気持ち、は仲間内で波紋を呼んだその夜のHの行動と
3日後のメールの内容についてだった。
「お前がTシャツ汚したこと謝ったら許してやるよ」とHが私に言った。
その夜、私とYは誤って缶コーヒーをHのTシャツにこぼしちゃった。
友達からもらった大事なTシャツ!とHが言ったので、
うちらは謝った(つもりだった)。が、伝わってなかったらしい。
(その前にあんたがみんなに謝ることあるんじゃね?)と思った、マジで。
「謝ったじゃん」
「謝ってねーよ!」
「謝ったよ!それよりあんたさぁ、みんなに何か言うことないわけ?」

その夜はHが私たちの結婚式に来れなくなった償いにって名目で
Hが企画して店を取ってメンツを募った日だった。
がしかし、その店のいけてないこと!
いつものようにみんなはHに
「こんな店に払えないから責任とれよ〜」って払わせた。
もちろん、その日限りの付き合いじゃないから
いつでも逆転の可能性はある支払い。
その後は、
2次会→缶コーヒー→駅改札で電車賃がない騒動→走って失踪→音信不通。
みんな超心配した。どこ行っちゃったの〜??
だいたい呼んどいてキレて帰るってなに!?的空気満載、
でも仕方なく帰宅。
Kちゃんがやっと電話つながった時は「反省してる」って言ったらしいけど。

その3日後、割り勘を催促する全員メールが来た。かなり詳細に。
口実は「私たちの結婚式に祝いをしてやりたいから」とのことだった。
まだその夜のモヤモヤもあった私はいかった。
そんな祝いいらねー!全額払ってやるから一生その話題出すな!
だいたい男がたかが2,3万の金のことでちまちますんな!
普通ならそうはならないのかも。
でも、私たちの今までの付き合い、
特にHに対するみんなのおおらかさったらなかった。
それのに、自分の時はこうで。
今日で一生会えないんでしたっけ?振り込むんですか?
私だけじゃなく、Kちゃんも、うちの旦那も、マツも同感だった。
でも、「おめーそりゃねーよ」ってことにはならなかった。
どうしてだろう?きっと情けなさすぎたんだと思う。

それなのにまずの詫びの言葉もなくHはぬけぬけとああ言った。
そして私に対してややイライラをぶつけてきた。
プチってなにかキレる音がした。
「  …あんたなぁ!!どの口が言うとんじゃ!!
皆がどんだけ心配したか知っとんか、こらぁ!!!!!」
他のお客さんもいたけど、そんなこと構ってられなかった。
大声であの日のHの行動を罵倒しまくった。あっちも譲らなかった。
しかも超自己中な発言。
その様子がますます私をキレさせた。
あん時のみんなの気持ち、自分の気持ちがいっぺんに溢れて、
どんどんエスカレートした。
あとのことはあまり覚えていない。
「ふたりとも待って!!冷静に話そ!!」って私を押さえるKちゃんと、
じっと私を見つめるみんなと、
「机を叩くな!!」って旦那の声と、
Hの怒り狂った表情と…。
とにかく悔しかった。

どれくらい言い合ったか分からないけど、
気がついたら年越しまであと15分だった。
Hは外に連れられていなくなってた。
Kちゃんとマツと他のお客さんでカウントダウンした。わりと普通に。
その頃、うちの旦那とHは外で殴り合いの喧嘩をしていたらしい。
旦那がキレるなんて、にわかに信じがたかったけど、
「あいつが言ってることがあんまりに支離滅裂で頭に来た」らしい。
で、Hがキレて旦那を殴ったので、顔が変わってしまったらしい。
「殴り返した!!??やられっぱなしなん??!!」
旦那はうなずくだけだったけど、帰りの電車ではやられっぱなしと判明。
また沸々と怒りが込み上げた。

冷静に話し合おう、じゃないと新年迎えられないよ、とカラオケで3時間。
歌も歌わず、その日のお互いのズレについてみんなで話し合った。
「なんでそん時言ってくれなかったんだよ」とHが言った。
いつもの付き合いがもしかしたら
Hを孤独にしてしまったのかもしれないと思った。
「そんなことみんな中学生ぐらいからできてることだよ!
親の領域だっつんだよっ!」
怒りはおさまらなかった。

「俺らはみんな、その時のお互いをあきらめてたんだよ」と旦那が言った。
そうなんだな、きっと。
いつもの付き合いにお金が絡んであきらめと怒りを生んだ。
近道のようで遠回りで、無駄なようで大切で、広いようで狭かった。

そんな年を明けて2006年がスタートした。
元旦の中央線は晴れ晴れした人、泥酔した人、眠そうな人、いろいろだった。
いろんな話をしながら揺られて帰った。
私たちはどんな顔をしていただろう。
帰ったら悔しくて悲しくて怒りで泣いて、やっと泣けて、疲れて眠った。
もう若くないと思っていたけど、若いなあって思った。

きたみち ゆくみち

今年はどんな事が私たちを待っているのだろう。

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